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私のブログ

こどもの事とか虫の事とか

4歳の息子の「スキ」なコト。私に出来る小さなコト。

【思】私の思い出 【子】こどもの話

 

息子は昆虫が大好きです。

昨日も昆虫図鑑を2冊読まされました。私も息子に負けず劣らず昆虫が大好きなので図鑑を見ているとわくわくするのですが、こどもは時間を選びませんからそこがとても大変なのです。朝起きてすぐ「よんで。」トイレに行こうと思ったら「よんで。」電話中に「よんで。」風邪でも「よんで。」って。でも好きなんですよね。ですから今のところは出来る限り読んであげるようにしています。一緒に読む方が楽しいみたいですから。でもたまには絵本も読んであげたいんですけどね。

あとは昆虫の絵も一緒に描いたりします。
図鑑であればダンゴムシでもアリでもカナブンでもまたは知らない虫でも「これなあに?」って私に聞きながらどんな昆虫でも楽しく見る事が出来るのですが、絵を描くとなるとクワガタムシばっかり、というよりもクワガタムシだけ「かいてー。」と言ってくるのです。こんなところもまた小さなこどもの不思議のひとつなのかもしれません。

4歳の息子が「かいてー。」と言ってきたクワガタムシ。描くといっても私ひとりでただ描いていても仕方ありませんから当然息子も一緒にやるのですが何をやるかと言いますと「色塗り」なんですね。ですから私はクワガタムシの輪郭担当。で、息子はそのクワガタムシの色付け担当なんです。

 

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以前この日記にも書いた事があるのですが息子はあまり絵を描くのが好きではない様で(それよりも好きな事があるからなのかもしれませんが。)息子の方から「おえかきしたい。」とはほとんど言いません。仕事柄、家には絵の具、マジック、キャンバス、画用紙など絵を描く為の画材はほぼ揃っているのですがそれでも息子にとっては興味の対象ではないようで。今のところこの部分に関しては親の影響は受けていないみたいです。

6月から8月にかけて私と息子はほぼ毎週末、虫とりに出掛けていました。梅雨の時期には近くの公園でなめくじやダンゴムシやカタツムリを。気温も上がり蝉の声があたりで聞こえてくる様になってくるとカブトムシや蝶やバッタを捕りに少し遠くにある大きな公園までバスや電車で一緒に行ったりもしました。

「昆虫が好き。」

4歳の息子を見ているとそれがよく伝わります。図鑑でも絵でも昆虫が良い。恐竜の図鑑や魚の図鑑も図書館で借りたりしますから決して嫌いというわけではないのでしょうが、家にある数冊の図鑑はすべて昆虫、あるいはそれにまつわるものばかりなのです。けれど息子も5歳、6歳と成長していけばいつかは昆虫よりもゲームやアニメやスポーツの方が楽しいと思う時が来るかもしれません。もちろんそれで良いと思います。そうやって小さな頃の「遊び」や「興味」として今を楽しんでもらえたら良いと思いますし、仮に私とのこのひとときが息子にとって生涯忘れ得ぬ思い出のひとつとなってくれるのならばそれはそれで、私にとってはとてもうれしい事です。

先の事は分からないけれど、今息子の中にある「スキ」を大切にしてもらえたらなあと。そんな風に思います。

 

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私に出来るコト。

 

私は小さい頃から絵を描いたり、手で何か物を作ったりする事が好きでした。家には私のお絵描き用にと母がとってくれていた裏面が白紙の折込チラシがたくさんあり、そこにクレヨンやボールペンでいつも描いていたのです。絵の具とかキャンバスとかそういった本格的なものは一切ありませんでしたがチラシや画用紙やクレヨンやペン(あとはなぜか粘土も)はたくさんあり、母がそうやっていつでも私がお絵描きを出来る様にしてくれていたのだろうと思います。

たまに実家に帰ると母は、幼少の頃に私が描いた絵なんかをありがたい事に今も大切にとっているものですからそれを自慢げに押し入れから出してきては「ほら、見てみ。これあんたが2歳の時の絵やで。人の顔かなあ。あ、ちゃんと目も描いたある。天才やん。」と、母はうれしそうに言うのです。それは目じゃなくて点だと思うんですけどね。そんなちょっとおかしな母ではありますが、お絵描きが大好きな私の為にと紙やペンをいつもたくさん用意してくれていたあの頃の記憶は今も私の中に深く刻まれておりこの先もずっと忘れる事はないのだろうと思います。

そんな母とのやりとりを思い出して今度は私が息子にしてあげられる事はなんだろうなあなんてふと思ったのです。それは虫とりに連れて行ってあげたり、図書館に連れて行ってあげたり、(まだ字が読めないので)図鑑や絵本を読んであげたりと今の息子ひとりでは出来ない事をあの時母が私の為にチラシやペンをいつも用意してくれていた様にそうやって少しだけ補ってあげる事なのかなあと思ったのです。

そしていつか息子が大人になった時「あんた3歳の時にひとりでこんなに上手にクワガタムシ描いてたで。天才やん。」「それ、色塗っただけやし。」なんていう会話もあるかもしれませんからそれもまたちょっと楽しみだったりして。

 

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大きくなったら。

 

私が高校生の頃(確か16歳くらいだったと思うのですが)真剣に進路を考えた時に一番最初に思い浮かんだ事は「どんな職業につこうか。」「どんな大学に行こうか。」ではなく「絵を描いたり、ものを作る人になりたい。」という気持ちと同時に幼い私が「お絵描き」をしている姿でした。本能に近い状態で行動していたであろう幼い頃の私は絵を描く事、粘土などで何かを作る事が大好きになり今も仕事や趣味でそれを続ける事が出来ています。美術系フリーランスという程度で大それた結果を出せているわけではありませんからそれが正解だったかどうかは今となれば分かりませんし、もっと他に天職があったのかもしれませんが私の中で確実に幼少期の思い出や母が私にしてくれた記憶が進路を決定する上で大きな影響を与えてくれた事は間違いなくあるのだろうなとは思います。

私でなければ出来ない事。4歳の息子ひとりの力ではどうしても出来ない事。それ以外の事は出来る限りは息子自身でやらせるようにしています。そう簡単にはいかない時もありますが なるべく放っておきます。自由にやって自由に考えて好きな事を好きな様にやってもらいたいのです。それが今の4歳という時期にはとても大切な事なのかなと思います。私の考えを息子の中になるべく入る事が無い様に、息子自身のオリジナルを作ってもらえたらなと。

大きくなったら昆虫博士。そんなドラマみたいな事は息子も言いません。「ヘラクレスオオカブトになりたい。」そうですから。けれど親という存在がこどもに与える影響。それはその時の言葉や態度だけではなく、きっと将来に渡って響いてくるものなのだろうなと息子を育てながら、そして自分自身を振り返りながら痛切に感じる今日このごろのお話でした。

おわり

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